#4企業再起動

サンドラフト本社ビルの25階は役員専用フロアだ。ここにはエントランスフロアから許可された者のみが使用できる専用直通エレベータが1基用意されている。エレベータの到着を知らせるベルがポーンと鳴り、扉が開くと、ひとりの長身の男が降りてきた。男はキャスター付きのスーツケースを引きながら、絨毯の敷き詰められたフロアを軽やかな足取りで進む。受付ブースの秘書嬢に軽く手を上げて挨拶すると、そのままフロアの一番奥にある社長室に向かった。社長室の扉は既に開いていて、男が中をうかがうと、中から大きな声が聞こえてきた。

「おぉ~オーシャンくん、待っていたよ。さあさあ、入ってくれ」

この日、サンドラフトでは月例の経営会議が開かれる。既に会議室には役員全員と事務局の経営企画部のメンバーが着席していた。そこに社長の西田義行が男を引き連れて入ってきた。西田はひとつ空いている席に男を促すと、自分は社長席にどしりと腰を下ろした。

西田義行がサンドラフトの社長になって3年目になる。西田は現在進んでいるホテイグループとの業務提携の仕掛け人であり、3年前の統合プロジェクトの立ち上げ時にその功績を認められて社長に就任した。

司会者「それでは、みなさんお揃いになりましたので、月例の経営会議を始めさせていただきます」

スクリーンには本日の議題が映し出されている。

1.定例業績報告(経営企画部)

2.お客様対応報告(広報部)

3.統合システム進捗報告(IT企画部)

司会者は手際よくスライドを操作し、議事を進行した。 

サンドラフトの今年度上半期の業績速報が経営企画部から報告された。数ヶ月前から発生したサンドラフトの商品の不買運動により、直近四半期の営業成績は前年度対比20%ダウンしていた。特に通販チャネル販売店への影響が大きかった。営業企画の担当役員もここまでの落ち込みは想定していなかったと認識の甘さを反省する弁を述べた。

続いて、広報部長からお客様対応(不買運動の終息)についての報告がなされた。

サンドラフトのシステム統合効果が十分発揮されていない事実をインターネット掲示板に告発し、ネット炎上のきっかけを作った販売店の経営者と、正式に和解したことが報告された。この経営者はインターネット通信販売でサンドラフトの商品を専門に扱う優良なパートナー業者だったが、システム統合後に頻発したトラブルによって商品の納品が滞り、お客様のクレーム対応に追われていたところに、サンドラフトが業務プロセス改革に果敢に挑戦する美談がテレビ放映され、世間がそれを称賛する中、実態を明らかにしないサンドラフトの企業姿勢に憤りを感じての行動だったという。その後の不買運動への発展はこの経営者も想定外だったと弁明しているが、サンドラフトが一連の不祥事に対するお詫びを主要な新聞各紙に掲載し、西田社長が記者会見で謝罪して、ようやく騒動が終息することとなった。数日前、広報部長が直々にこの経営者と会い、改めて謝罪すると、この経営者からも「サンドラフトの未来を憂いてのことだったが、軽率な行動をして大変申し訳なかった」との言葉をいただいたという。

西田「このたびのことは、思いがけず世間の皆さまから社会的非難を浴びることになってしまったが、こうした問題が起きた事実を真摯に受け止めて、再発防止に努めたい。特に広報部、営業企画部、そしてサンドラフトサポートの社員全員に、今回の問題の本質を議論する場を用意してもらいたい。会社の姿勢に対する不満や問題意識、企業風土の面での改善提案もぜひ出してほしい」

そして、本日最後の議題であるIT企画部からの報告は、西田からの新しいIT企画部長の紹介だった。

西田「今日ここに来てもらったのは、新しいIT企画部長の大西くんだ。完成途上の統合システムをビシッとバシッと仕上げてもらう。ここにいるみんなもぜひ大西くんに力を貸してやってほしい。よろしく頼む」

西田の左脇の席から立ちあがった大西は、口元に微かな笑みを浮かべながら周囲に視線を送ると、深々と頭を下げた。

大西「大西譲二です。傷ついたサンドラフトのリブートには、統合システムの完成がトッププライオリティです。スピード感を持って開発し、ここにいるみなさんにサプライズを約束しますよ」

言葉のところどころに散りばめられた英単語の流暢な発音が、サンドラフトのボードメンバーの耳に新鮮な響きをもたらした。しかし、つい先日失脚した元CIOの佐藤専務が追い込まれた理由のひとつがマスコミ対応の失敗だったため、それを意識して副社長の松本が大西の軽快な挨拶に反応した。

松本「大きくでたな、オーシャン。でも本当に大丈夫なのか?情報システム部は相次ぐトラブルですっかり元気を無くしているようだし、HSL(HSロジスティクス)との関係もぎくしゃくしているみたいだからな。いろいろハードルがあると思うが、今回の不買運動のように、足元をすくわれることのないように、よろしく頼むよ」

大西「うちの情報システム部はもっと称賛してやるべきですね。ホテイドリンクのシステムに乗り合うのは相当タフな開発が必要だったはずです。現場の反発に妥協してだいぶ恰好悪いスタイルで稼働を始めたようですが、始められたことは大したものです。まずは作って、それから育てればいいのです」

アルマーニのスーツを完璧に着こなし、映画俳優を彷彿させる端正な顔立ちの大西の言葉には不思議な説得力があった。ロス支店長時代は、クラウドサービスなどの最新ITをいち早くビジネスに導入し、高品質で味わいのある日本製飲料を米国市場に広く展開した実績があり、大西のスピード感ある経営手法は誰もが一目置いていた。松本はそれ以上言葉を返さなかった。

 

シスアド達人倶楽部 山中吉明(2019/1/10)